英語研究室

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A Little Grammar Goes a Long Way

全35回
関西外国語大学教授 岡田伸夫が英語文法を考察するコラム

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句構造と文の意味


 文はいくつかの語が対等の資格で並んでできているのではありません。いくつかの語がまとま り1つの句ができ、いくつかの句がまとまりさらに大きな句あるいは節ができ、最終的に文になります。文中の句や節のまとまり(句構造)を正しくとらえるこ とはとても重要です。このことは、英語を読んだり書いたりするときだけにあてはまることではありません。英語を聞き取ったり話したりするときでも同じで す。

シリーズ第1回の今回は句構造について考えてみましょう。まず、次の(1)の文がどういう意味かいってください。

(1) John gave her dog biscuits.

ジョンは(A)「彼女のイヌにビスケットをやった」のでしょうか。それとも(B)彼女のイヌ用のビスケットをやった」の でしょうか。「人にイヌ用のビスケットをやるわけはないじゃないか。彼女のイヌにビスケットをやったんだよ。」「ちょっと待ってよ。ジョンが、彼女がイヌ に餌をやりたがっていることに気がついて、彼女にイヌ用のビスケットを渡したということじゃない?」ここではどちらの解釈が現実の場面 でより蓋然性が高いかという語用論上の問題にはかかわりません。「(1)は2通 りに解釈することができる」という合意があれば十分です。

 ところで、
(1)の文の2つの意味を区別 する手がかりは(1)の文の中にはないのでしょうか。そうです。発音の仕方でどちらか一方の解釈を特定することができますね。her dogを一続きで発音し、次のbiscuitsの前にこころもちポーズを置けば(A)の解釈になるし、herで切って、dog biscuitsを一息で発音すれば(B)の解釈になります。

 今回のこれからの話で大事なことは、発音の違いを手がかりにするこの考え方の背後には句構造の概念があるということです。
(1)に2通 りの発音の仕方があるということは、(1)に次の2つの句構造が対応しているということなのです。

(2) a.John gave [her dog] biscuits. (Aの解釈)
   b.John gave [her] [dog biscuits].(Bの解釈)
 

(2a)ではher dogbiscuitsがそれぞれ名詞句を構成し、(2b)ではherdog biscuitsがそれぞれ名詞句を構成しています。この句構造の違いが(1)の2つの解釈を保証しているのです。みなさんがよく知っている文法用語をつかえば、(A)の解釈ではher dogがgiveの間接目的語、biscuitsが直接目的語、(B)の解釈ではherがgiveの間接目的語、dog biscuitsが直接目的語になっているということですね。音韻論では、(1)の2通 りの発音の仕方の原因はこの句構造の違いだと考えられています。


もう1つ例をあげましょう。次の
(3)の文は(4a)(4b)の2通 りに解釈することができます。

(3) The girl hit the man in the corner of the room.

(4) a.その女の子は部屋の隅でその男の人をたたいた。
  b.その女の子は部屋の隅にいるその男の人をたたいた。
 
 つまり前置詞句のin the corner of the roomは、動詞hitにかかると解釈することもできるし、直前の名詞manにかかると解釈することもできるのです。

 でも、ここで次の質問が出てきそうですね。修飾関係が2通りあるということは認めるが、女の子が部屋の隅で男の人をたたいたときにはその男の人は当然部屋の隅にいたわけだから、結局、
(4a)(4b)は同じ状況をいっているのではないかという質問です。Good question! でも、(4a)(4b)は同じ状況をいっているのではありません。(3)(4b)で解釈するときには、女の子がいつどこで今部屋の隅にいる男の人をたたいたのかわかりません。きのう円山公園でたたいたのかもしれないのです。一方、(3)(4a)で解釈するときには、the manが今どこにいるのかわかりません。たまたまさっき廊下を通りすぎていった人のことをthe manといったのかもしれないのです。この意味の違いに気がついた人はかなり英語が読める人です。かなり高いメタ言語能力の運用ができる人といってもいいでしょう。

 
(3)についてさらに突っ込んで考えてみましょう。(3)(4b)で解釈する場合には、the man in the corner of the room全体が1つの名詞句(動詞hitの目的語)なので、受動態の文に変えると次の(5)になります。

(5) The man in the corner of the room was hit by the girl.

 一方、(3)(4a)で解釈するときには、他動詞hitの目的語はthe manの部分だけですから、受動態の文に変えると次の(6)になります。

(6) The man was hit in the corner of the room by the girl.

 確かに、(5)には(4b)の解釈しかありませんし、(6)には(4a)の解釈しかありません。

 では、
(3)のin the corner of the roomを文頭に回した次の(7)はどういう意味になるでしょうか。

(7) In the corner of the room the girl hit the man.

in the corner of the roomを文頭に回せるのは、それが動詞hitを修飾している場合だけです。確かに、(7)には(4a)の解釈しかありません。


伝統的な学習文法には句構造の概念が、全く欠如しているとはいいませんが、非常に希薄であることは事実です。たとえば名詞句といえば何 を連想しますか。不定詞句や動名詞句は思いついても、Johnやher dogやthe man who is in the corner of the roomが名詞句であることにはなかなか気がつかないのではないでしょうか。また、代名詞は本当に名詞の代用形なのでしょうか。でも、今回はこのあたりの 世界に踏み込むつもりはありません。文を句構造に基づいて見ることができるようになると、正しい言語観・文法観に一歩近づいたことになります。さらに、文 の理解・産出能力が大きく伸びていくはずです。


 
京都教育大学教授 岡田伸夫
「英語の教え方研究会 NEWSLETTER9」より