英語研究室

※当サイトに掲載されている内容の無断転載を禁じます。

A Little Grammar Goes a Long Way

全35回
関西外国語大学教授 岡田伸夫が英語文法を考察するコラム

一覧を見る

22

どうして pale blue cushion や pale green cushion はあるのに pale red cushion はないのか?(下) ▼

ついでですが,上の対立の原理と「2つの意味は形式が対立しなければならない」という同義性の仮説 (the Homonymy Assumption) とは全くの別物です。

同義性の仮説は一般的には成立しません。bank と bat が「銀行;土手」と「野球のバット;コウモリ」の2つの異なる意味をもっているという事実は同義性の仮説に対する明らかな反例です。

 

複数の語句の間だけではなく,複数の構文の間にも blocking の原理が働いているように思われるケースもあります。通例,前置詞句は名詞の後置修飾語として使うことができます。

 

たとえば,次の (13)a-c を見てください

(13) a. the pen on the table
  b. the girl under the mistletoe
c. the bridge over the Seine

 

同じ意味は関係節を使って次の (14)a-c のように表現することもできます。

(14) a. the pen which is on the table.
  b. the girl who is under the mistletoe.
c. the bridge which is over the Seine.

 

しかし,次の (15)a が OK であるのに対して,(15)b はアウトです。

(15) a. the girl with a long nose
  b. *the girl who is with a long nose.

(15)b は the girl who has a long nose という同じ意味を表す文によってブロックされるのではないかと考えられます (Kajita 1983; McCawley 1988, p.197)。



一見,(15)b と似ているように見えますが,the children who is with Mary (メリーといっしょにいる子供) は OK です。ここでは with Mary の with が所有 (possession) ではなく,同伴 (accompaniment) の意味を表しています。the children who has Mary は同伴の意味を表さないので,同伴の意味をもつthe children who is with Mary をブロックしないのでしょう。



unhappy, unkind, unfair, unhealthy, unintelligent などに見られるように,否定接頭辞の un- は形容詞に付加されて,もとの形容詞の contrary (反対)の意味を表します。contrary というのは論理学の用語で,「一方が真であれば,他方は必然的に偽であるが,両方とも偽で,第3者が真ということもある」関係を言います。

たとえば,happy と unhappy は contrary の関係にあります。

というのは,happy が真なら unhappy は偽で,unhappy が真なら happy は偽ですが,happy も unhappy も偽で,happy でも unhappy でもない第3の状態が真である可能性があるからです。

それに対して,good と not good, dead とalive, mortal と immortal などの関係は contradictory (矛盾) と言います。

contradictory は,「一方が真であれば,他方は必然的に偽であり,一方が偽であれば他方は必然的に真となる」関係を表します。



否定接頭辞 un- は,long, short, big, small, wide, high, warm, cook, good, bad, thick, thin, old, new, young などの形容詞にはつきません。

これはなぜでしょうか。一般に,否定接尾辞の un- は,単一の形態素からなる形容詞につけられ,その contrary の意味を表します。

しかし,上の long-short, big-small, old-new などはもともと contrary の関係を表しています。

つまり,すでに定着している簡単な short が *unlong をブロックし,同じようにすでに定着している簡単な long が *unshort をブロックすると考えられます (宇賀治 1966, p.8)。



今まで,blocking とかかわる現象をいろいろ見てきましたが,blockingがある種の現象の説明原理として有効であるということはまず間違いないと思われます。

でも,さらに検討すべき課題がないわけではありません。

たとえば,形容詞を抽象名詞に変える接尾辞 -ness は非常に多くの形容詞につくことができますが,beautiful, long, high, true などにはつきません (Gruber 1976, pp.347-8)。*beautifulness, *longness, *highness, *trueness などが許されない理由が名詞 length, height, truth, beauty などの存在にあるとすれば,curiosity, tenacity, variety, piety などがなぜ curiousness, tenaciousness, variousness, piousness などの存在によってブロックされないのかという疑問が出てきます。

また,逆に,curiousness, tenaciousness などがなぜ curiosity, tenacity などの存在によってブロックされないのかという疑問も出てきます。

 

また,(1) で見たように,Xous の形をした形容詞を名詞に変える接尾辞 -ity は furious や glorious や gracious にはつきません (*furiosity, *gloriosity, *graciosity)。

上では,Aronoff (1976, p.45)に沿って,すでに存在している fury, glory, grace が *furiousity, *gloriosity, *graciosity をブロックすると考えましたが,実は fury, glory, grace のほかに furiousness, gloriousness, graciousness もあります。

fury, glory, grace と furiousness, gloriousness, graciousness の共存状態と blocking の原則はどのように折り合いをつけたらいいのでしょうか。

 

strove/strived, dove/dived, dreamt/dreamed など,形は違っているが,同じ語源から出てきた1組の語を二重語 (doublet) と言いますが,二重語の問題は Pinker (1999, p.137)に沿って次のように考えたらいいでしょう。

子供は,規則に反する dreamt を経験すれば,blocking の原理に従い,過去形をつくる規則でつくられる dreamed は存在してはならないと考えます。

でも,周りのだれかが実際に dreamed を使うのを何回か経験すれば (肯定証拠 positive evidence が与えられれば) やっぱり dreamed もあるのだと考え,心的辞書に記憶することになるでしょう。

そうなれば dreamt と dreamed は二重語として共存することになります。2つの方言が交わるところではこのようなケースが出てくるでしょう。

 

二重語ではありませんが,英語の形容詞の比較級として2つの形がある (quieter; more quiet) ケースも同様に説明することができるでしょう。

比較級をつくる規則は2つあります。1つは,1音節語および -y で終わる2音節語に接尾辞 -er をつけます (hot → hotter; happy → happier; colorful → *colorfuller)。

もう1つは,それ以外の語に more をつけます (more colorful)。1音節語に more をつけない (*more hot) のは,最初の規則が2番目の規則をブロックするからでしょう (Di Sciullo and Williams 1987, p.11)。

でも,よく知られているように,次の (16) にあげる形容詞は,次の(17)に見られるように,-er をつけてもいいし,more をつけてもいいのです。

(16) clever, narrow, quiet, shallow, simple
(17) It's too noisy here. Can we go somewhere quieter/morequiet ?

「more quiet が quieter をブロックするのだが,quieter が実際に使われていることを経験して心的辞書に書き込んだ」あるいはその逆に「quieter が more quiet をブロックするのだが,more quiet が実際に使われていることを経験して心的辞書に書き込んだ」と考えてもいいでしょう。

 

最後に,blocking の原則と言語獲得の関係について考えてみましょう。

blockingは,実際に経験する形 X と,X と同義の,規則がつくる形 Y が存在するときには,X が残り,Y が消えていくということを説明する原則です (ここでは(10)で見た同義性が関与しないケースは無視して考えます)。

子供は,次の (18) のような形を何回か経験すると,規則変化の過去形や複数形をつくる規則をつくり,それを過剰に適用し,次の (19) のような形をつくります (Smith and Wilson 1979, pp.17-8)。

(18) a. I talked, he danced, she move, they waited, etc.
 
b. One car, two cars; an elephant, lots of elephants, etc.
 
(19)
a. I comed, John runned, they singed, she teached me, etc.
  b. Two sheeps, lots of tooths, some mouses, etc.

 

でも,しばらくたつと,(19) にあげたような例は過度の一般化 (over-regularization) であり,非文法的であるという知識を獲得して,came, ran, sang, taught などの不規則変化の過去形と sheep, teeth, mice などの不規則変化の複数形を獲得します。



言語獲得研究の世界では,これこれの形は非文法的であるという情報-これを否定証拠 (negative evidence) と言います-は子供には与えられないと考えられています (Pinker 1989, pp.9-14)。

否定証拠がないのに,子供はどうやって *comed, *runned, *singed, *teached などの過去形や *sheeps, *tooths, *mouses などの複数形が非文法的であるということを知ったのでしょうか。

この問題は「言語獲得の論理問題 (the logical problem of language acquisition)」とか「否定証拠欠如の問題 (no negative evidence problem)」とか呼ばれています。



blocking の原理の出番です。子供は,「自分は『来た』という意味を表すときに,規則でつくった comed という形を使うが,周りの大人は came と言っている」ことに気がつくと,blocking の原理に従って,周りの大人が実際に使っている形をキープし,自分が勝手につくった comed を捨てるのです。

現代英語では不規則変化の過去形は150~180個あると言われていますが,不規則変化する動詞や名詞は使用頻度がきわめて高いものばかりです。

そのことが blocking の原理が働き,不規則変化形が存続することを確実にしているのです。言語の重要な機能の1つがコミュニケーションであるということを考えると,子供が「保守的」に周りの人が使っている形を優先することはとても重要なことなのです。

 

REFERENCES

Bolinger, Dwight (1977) Meaning and Form, Longman, London.
 
Clark,Eve V. (1987) "The Principle of Contrast:A Constraint of Language Acquisition," Mechanisms of Language Acquisition, ed. by Brian MacWh8inney, 1-33, Lawrence Erlbaum Associates, Hillsdale, NJ.
Clark, Eve V. and Herbert H. Clark (1979) "When Nouns Surface
 
as Verbs," Language 55.767-811.
Di Sciullo, Anna Maria and Edwin Williams (1987) On the
 
Definition of Word, MIT Press, Cambridge, MA.
Gruber, Jeffrey S. (1976) Linguistic Structures in Syntax and
 
Semantics,North-Holland, Amsterdam.
Householder,Fred W. (1971) Linguistic Speculations,
 
Cambridge University Press, Cambridge.
Kajita, Masaru (1983) "Grammatical Theory and Language
 
Acquisition," Talk Presented at the English Linguistic Society of Japan Symposium on November 20, 1983.
Langacker, Ronald W. (1987) "Nouns and Verbs," Language
 
63.53-94.
McCawley, James D. (1978) "Logic and the Lexicon," Papers
 
from the Parasession of the Lexicon, ed. by Donka Farkas, Wesley M. Jacobsen, and Karol W. Todrys, 261-277.
McCawley, James D. (1988) The Syntactic Phenomena of English,
 
Vol.1, University of Chicago Press, Chicago.
O'Grady, William, Michael Dobrovolsky, and Shuji Chiba (1995)
 
Contemporary Linguistic Analysis: Introduction I, Newbury House, Tokyo.Pinker, Steven (1989) Learnability and Cognition: The Acquisition of Argument Structure, MIT Press, Cambridge, MA.
Pinker, Steven (1999) Words and Rules: The Ingredients of
 
Language, Basic Books, New York.
宇賀治正朋 (1966)「ズィマーの否定接辞論について」
 
『英語教育』第15巻第3号.

 
京都教育大学教授 岡田伸夫
「英語の教え方研究会 Newsletter 6月号」より