英語研究室

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A Little Grammar Goes a Long Way

全35回
関西外国語大学教授 岡田伸夫が英語文法を考察するコラム

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Who do you want to succeed?のwant toはwannaと発音してもよいか?

 

Oh, yeah, I'll tell you something
I think you'll understand
When I say that something
I wanna hold your hand
I wanna hold your hand
I wanna hold your hand

これはThe Beatlesの"I Want To Hold Your Hand"の出だしです。日本語のタイトルは「抱きしめたい」です。イギリスでは控えめに手を握りたいと言っていただけなのに,日本に来ると抱きしめたく なったようですね。でも,今日の話題は,「抱きしめたい」とか「手を握りたい」とかいった熱っぽい話題ではなく,want toがwannaと発音されるということです。どういう場合にwant toがwannaと発音されるかについて考えてみましょう。

まず(1)-(8)の例を見て下さい。どのwant toがwannaに縮約できるでしょうか。

(1) I want to hold your hand.
(2) He wants to become an artist.
(3) She wanted to pass the test.
(4) I've wanted to see Mt. Daisen for a long time.
(5) As a matter of fact, I've been wanting to talk to you.
(6) His wanting to marry her infuriated everyone.
(7) I want very much to hold your hand.
(8) I want him to start as soon as possible.

縮約できるのは(1)のwant toだけです。次の(9)に見られるように,wantという形とtoがじかに接していないと縮約できません。

(9) want+to→wanna

(2)(3)を否定文や疑問文に変えたらどうなるでしょうか。

(2') He doesn't want to become an artist.
(3') Did she want to pass the test?


(9)が正しければ(2')-(3')のwant toは縮約できるはずです。確かに(2')-(3')のwant toはwannaに縮約できます。

上の(7)はwantとtoがじかに接していないのでwannaになりませんが,very muchをwantの前に動かすとwantとtoがじかに接することになるので,wannaと発音してもいいはずです。確かに次の(7')のwant toは縮約できます。

(7') I very much want to hold your hand.


 

どうしてwantとtoが隣接するとwannaと発音してもよくなるのでしょうか。中学でtwentyが,発音記号1ではなく,発音記号2と発音されることに気がついたことはありませんか。 高校でenterやinternationalが,発音記号3発音記号4ではなく,発音記号5発音記号6に聞こえたことはありませんか。これらの語の発音の共通点は[nt]という音連続の[t]が脱落するということです。

[n]と[t]の間には,[n]が鼻音(nasal)で鼻から空気を出すのに対して,[t]が口腔内に息をため込んで一気に放出するという違いがありますが,どちらも歯茎音(alveolar)です。[n]と[t]は,調音点(point of articulation)が全く同じで,どちらも舌先を上歯茎(alveolar ridge)にくっつけて発音します。

wannaの場合には,まず,toの[t]の前のwantの[t]が脱落します。hot teaやact twoでhotとactの[t]が脱落するのと同じです。その次に,[n]の直後の[t]が脱落し,発音記号7ができます。

want+to→wannaは子音脱落ですが,この現象は音韻構造だけではなく,統語構造にも支配されています。どのような統語要因に支配されているのでしょうか。まず,wantは動詞でなければなりません。次の(10)のwantは「不足」という意味の名詞なので,縮約することができません。

(10) We can't expect that want to be satisfied.
(その不足が満たされることを期待することはできません。)

ちなみに,be going to, have to, ought to, used to, be supposed toも縮約されbe gonna, hafta, oughta, usta, be suppostaとなりますが,縮約されるのは不定詞を導くtoであり,到着点を表す前置詞のtoのときには縮約できません。たとえば,次の(11)のtoは前置詞のtoですからgoing toはgonnaとはなりません。

(11) I am going to Tsuwano.

2番目に,wantは他動詞でなければなりません。下の(12)のwantは自動詞で「不自由する」という意味なので縮約することができません。

(12) You must want to appreciate goods.
(品物のありがたさがわかるには不自由しなければなりません。)
to appreciateはin order to appreciateの意味です。

3番目に,toは不定詞を導くtoでなくてはだめです。次の(13)のwantとtobaccoのtoを一緒にしてwannaと発音することはできません。

(13) I don't want tobacco.

4番目に,to不定詞はwantの目的語でなければなりません。上の(12)でwant toが縮約しないもう一つの理由は,to appreciate goodsがwantの目的語でないことです。また,次の(14)のwantは他動詞ですが,意味上はbooks(もっと正確に言うと,booksの後ろで削除されている関係代名詞)を目的語としています。

(14) Do you expect all of the books you want to be available in the library?
(きみが必要とする本はみんな図書館で利用できると思いますか。)

to be available in the libraryはwantの目的語ではないので,want toの連続をwannaとすることができないのです。また,(1)のwant toは縮約できたのですが,次の(15)のwant toをwannaと発音することはできません。

(15) You can hold my hand if you want to.
後ろの不定詞が削除されると縮約できなくなります。

ただし,この条件はwant toの縮約だけにあてはまる条件ではなく,縮約一般にあてはまる条件です。be動詞の縮約を見てみましょう。次の(16)-(18)を見てください。

(16) A: Is he an English teacher?
  B: Yes, he is.
(17) John is taller than Bill is.
(18) I wonder what there is in the box.

He's an English teacher.もBill's tall.もThere's a big diamond in the box.もOKなのですが,(16B)(17)(18)で isを縮約することは許されません。もともとbe動詞の後ろにあったものが削除されると,その前の表現に強勢(stress)が移ります。be動詞の後ろ にあったものの音がなくなったことを補償する(compensate)するために直前のbe動詞に強勢が置かれると考えてもいいでしょう。

(18)では,もともとisの後ろにあったwhatは削除されたのではなく,thereの前に移動しています。移動によってなくなった場合でもbe動詞の縮約は許されません。



ここまでくれば,みなさんはもうwannaの専門家です。でも,もう一つ重要なことがあります。これから「耳にも聞こえない,目にも見えない,しかし存在している」ものについて話します。

wantは,次の(19)に見られるように,「名詞句+to不定詞」を従えることができます。「名詞句+to不定詞」のように,定形動詞は含まれないが,節の働きをする構造を小節(small clause)と呼ぶことがあります。

(19) She wants him to help her.
(彼女は彼に手伝ってもらいたがっています。)

(19)を「彼女はだれに手伝ってもらいたがっていますか。」に変えると次の(20)になります。

(20) Who does she want to help her?

(20)ではwantとtoが隣接しているので,縮約してwannaとしてもよさそうですが,実際にはできません。この事実はどのようにとらえたらいいのでしょうか。

一つの有望な考え方は,wh語がwh移動という規則で文頭に動いていくときには,もとあった位置にその痕跡(trace,以下t)を残すという考え方です。次の(21)に示すように,(20)のwantとtoの間には,姿は見えませんが,文頭に動いていったwhoの痕跡があります。

(21) Who does she want t to help her?

痕跡は音形はもっていませんが,統語的には存在していると考えられています。このtがwantとtoがじかに接することを阻止するのです。痕跡を認めれば,wanna縮約を適用する段階の構造だけを見て縮約できるかできないかを決定することができます。
 


さあ,ここで本稿のサブタ イトルの問いに答えることができます。動詞succeedには「~の跡を継ぐ」という意味の他動詞用法と「成功する」という意味の自動詞用法があります。 succeedを「~の跡を継ぐ」という意味の他動詞でとると,サブタイトルの英語は「あなたはだれの跡を継ぎたいですか。」という意味になります。それ に対して,「成功する」という意味の自動詞でとると,サブタイトルの英語は「あなたはだれに成功してもらいたいですか。」という意味になります。後者の場 合には文頭のwhoはwantとtoの間から動いてきています。

痕跡理論によると,wantとtoの間にwhoの痕跡tがあると,wantとtoがじかに接しないことになり,縮約できないと予測されま す。事実はどうでしょうか。確かにsucceedを「~の跡を継ぐ」という意味の他動詞でとると縮約することができますが,「成功する」という意味の自動 詞でとると縮約することができません。念のために皆さんのインフォーマントに尋ねてみて下さい。

今,サブタイトルの英語のwant toが縮約できるのはsucceedが他動詞の場合に限られているということを見ましたが,to不定詞が他動詞であれば縮約できるというわけではありません。次の(22)の動詞buyは目的語the carを従える他動詞ですが,want toは縮約できません。

(22) Who do you want to buy the car?

(22)のwhoは意味上buyの主語で,wantとtoの間の位置から文頭に出てきています。wantとtoの間には痕跡のtがありますから,wantとtoが隣接しなくなり,縮約できないのです。

また,to不定詞が自動詞であれば縮約できないというわけでもありません。次の(23)の動詞startは「出発する」という意味の自動詞ですが,want toは縮約できます。

(23) When do you want to start?

文頭のwhenはstartの後ろから動いて行ったので痕跡がある位置はstartの後ろです。だからwantとtoが隣接するのをじゃましないのです。

ここまでのところでは,痕跡を利用すると,(20)(22)でwant toが縮約されないことがうまく説明できますが,痕跡理論とwh移動の関係については一つ考えておかなければならないことがあります。wh移動は,wh語を文頭の補文標識(complementizer,以後C)の位置に動かします。次の(24)の図を見てください。

(24)


wh移動だけではWhat do you wantとなりますが,主節の場合には,補文標識にwh語があると主語・助動詞倒置が適用され,最終的にはWhat do you want?となります。

単文の場合には特に問題は ないのですが,複文になると問題が出てきます。wh移動が補文に含まれているwh語を文頭の補文標識の位置に移動する場合には,wh語を一足飛びに主節の 補文標識の位置に動かすのではなく,いったん従属節の補文標識の位置に動かし,そこからさらに主節の補文標識の位置に動かします。これをwh移動の循環適 用(cyclic application)と言います。サブタイトルの英語のwhoがもともとsucceedの目的語であった場合には,文頭のwhoは,いったん従属節の 補文標識の位置にあったことになります。そこから主節の補文標識の動いていくときに痕跡を残しているはずです。でも,この場合には実際にwant toが縮約できるわけですから,このtは無視しなければなりません。現在考えられているのは,補文標識の中の痕跡tは原理的には見えないということです。どうしたら補文標識の中のtが見えないということを導き出すことができるかについては,現在いろいろな考え方が提案されています。

wh移動が従属節の中のwh語を一足飛びに主節の補文標識の位置に動かすと考えればこの問題はクリアできるのですが,その考え方にも,実はいろいろな問題があるということが指摘されています。
 

今日の話はこれで終わりです。wanna縮約と呼ばれる,一見したところ小さな音韻現象に焦点をあてて考えてきましたが,発音と文法が複雑に絡み合っているということは実感していただけたと思います。

 
京都教育大学教授 岡田伸夫
「英語の教え方研究会 NEWSLETTER 7」より