英語研究室

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英文法Q&A

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関西外国語大学教授 岡田伸夫が英文法をQ&A方式で教えます!

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I thought you were a Celt.という文で動詞thoughtが強調されているのはなぜですか。

Q.22 今、ジョン・ゴールズワージー(John Galsworthy)作のThe Apple Tree(「リンゴの木」)という短編小説を読んでいます。そこで使われている英語について1つお尋ねしたいことがあります。まず、どういう文脈の中で問題の英語が出てくるかを説明します。次の(1)をご覧ください。
 
(1) 大学の最終学年を終えたばかりのアシャーストが、友人のガートンと一緒にイングランド南西部のデボンの田舎を徒歩旅行中、フットボールで痛めた膝 が痛み出し、これ以上歩き続けられなくなる。美しい少女が共有地から小道に降りてくるのを見てアシャーストは、このあたりに一晩泊めてもらえる農家はない か、と尋ねる。少女は、このあたりは自分の農家しかないが、そこに泊めることができるだろう、と答える。そこで3人はいっしょに少女の家へ向かう。

私の質問は3人が少女の農家へむかう途中で交わされるやりとりの中にあります。次の(2)をご覧ください。
 
(2) He limped on, silent, and Garton took up the catechism.
"Are you a Devonshire girl?"
"No, sir."
"What then?"
"From Wales."
"Ah! I thought you were a Celt; so it's not your farm?"
"My aunt's, sir."

(2)の6行目の文で動詞thoughtが強調されているのはなぜでしょうか。「思った」を強調するということがどういうことなのかよくわからないのです。
 
A.22 以前は大学の一般英語の授業でThe Apple Treeを読むこともよくあったようです。私の大学のあるクラスメートは高校で読んだと言っていました。でも、近年はこのような名作を味わう一般英語の授業は少ないようです。
イタリックのthoughtthoughtが強く発音されることを示しています。thoughtが強く発音されるのはthoughtが意味的に強調されるからなのですが、問題はどのような意味が強調されているかということです。ここがわからないと話し手(書き手)の意図が正確に伝わらないことになります。
ご質問にお答えする前に必要なお膳立てをしておきましょう。まず、次の(3)(4)を比べてください(Morgan 1969; Horn 1985)
 
(3) How does it feel to be a beautiful girl?
(美人だったらどんな気持ちがするのだろう。)
 
(4) How does it feel to be a beautiful girl?
(美人だとどんな気持ちがするのですか。)

(4)の話し手は、聞き手自身が自分が美人であることを知っているという前提に立って質問しています。それに対して(3)では話し手はそのような前提に立っていません。普通、英語では文末に聞き手にとって新しい情報や重要な情報が現れますので、文末に強勢が来ます。(3)も、普通は、文末のa beautiful girlに強勢がきます。話し手が(4)a beautiful girlに強勢を置かないのは、聞き手にとって(for you) to be a beautiful girlという内容が既知の情報であるという前提に立っているからです。
聞き手にとって既知の情報には強勢を置かないという原則は、既知の情報であるhe, she, itなどの人称代名詞に強勢を置かないということにも現れています。また、次の(5)に見られるように、この原則は既知の情報が丸ごと省略されるという現象にも現れています。
 
(5) A: Will you come with me?
B: Yes, I will (come with you).

省略は一切の音がなくなるわけですから強勢度はゼロです。(5)Bの発話ではcome with youという情報はAの発話の中に既に現れていますので強勢は受けません。1つ前に出てくるwillに強勢が置かれます。Bcome with youAにとって既知情報ですので省略することができます。
(2)に 戻りましょう。ガートンが少女に「デボンシャーの方ですか。」と質問すると、少女は「いいえ、ウェールズから来ました。」と答えます。ご存知のように、デ ボンシャーは、歴史的には、アングロサクソン族が住みついたところで、ウェールズは先住民族のケルト族がアングロサクソン族に追われ、移り住んだところで す。ガートンは少女がウェールズから来たと言うのを聞いて、「きみを初めて見たときにケルトの人だと思ったんだよ。」と応じているのです。ケルト族特有の 顔立ちとか、しぐさ振る舞いとか、訛りとかがあったのでしょうか。少女がケルト系であることはもちろん少女には自明のことです。you were a Celtの部分は少女にとっては旧情報ですので話し手はそこには強勢を置きません。(2)を日本語に直すと次の(6)くらいになるでしょうか。
 
(6) 彼は足をひきずりながら黙って歩いた。ガートンが質問役に回った。
「きみはデボンシャーの人かい?」
「いいえ」
「じゃあ、どこの人?」
「ウェールズから来ました。」
「あー、やっぱりか。最初見たときにケルトの人だと思ったんだよ。じゃあ、これから行くところはきみの農場じゃないね?」
「おばの農場です」

(1)I thought you were a Celt.Celtに強勢があったらどのような意味になるのでしょうか。ガートンの"Are you a Devonshire girl?"という質問に対して少女が"Yes, sir."と答えていたらCeltに強勢を置いて発音することができたでしょう。その場合には、少女はケルトの人ではないのですから、ガートンのI thought you were a Célt.という発話は、「(早合点して)きみをてっきりケルトの人だと思ったんだよ。」という意味になります。
同種の例を下の(7)にあげますが、まず、(7)の場面に至る背景を説明しておきます。インディアナ州セントルイスに住んでいるDanBethの夫婦仲が悪くなり、両者のコミュニケーションのまずさがその原因ではないかと疑われ、言語学者のCookがこの夫婦の家に住み込んで2人のやりとりをコミュニケーションの観点から分析することになります。(7)をご覧ください。
 
(7) "No. We met in college. U. C. Santa Cruz. Hell, right across the bay from you, Jeremy."
"Ah," said Cook, his eyes going to one of the wall maps Dan had drawn. He had studied it earlier, when he was alone in the room for a moment. It was a comic decorative map of a seaside area. With architecture drawn in exaggerated style. He had thought it was the Santa Cruz Boardwalk, but he couldn't believe he would find it here, on a St. Louis wall.--David Carkeet, The Full Catastrophe

(7)では壁に貼りつけてある1枚の地図が話題になります。Cookは この部屋に1人でいるときにこの地図を見て、そこに描かれている海岸の遊歩道はカリフォルニア州のサンタクルツにある遊歩道ではないかとチラッと思いま す。でも、まさかインディアナ州セントルイスの家庭の壁にサンタクルツボードウォークを描いた絵が貼りつけてあるはずはないと推測します。ところが、話し ているうちにこの絵を描いたDanがカリフォルニア大学サンタクルーズ校でBethと知り合ったということがわかります。この絵の遊歩道はやはりサンタクルツボードウォークだったのです。DanにもBethにも、また、読者にも、この遊歩道がサンタクルツボードウォークであることは既知の情報です。そこでCookは「この絵の遊歩道は初めて見たときにサンタクルツボードウォークだと思った。やっぱりそうだった。」という気持ちでthoughtに強勢を置いたのです。
I thought ... ...の部分に強勢が置かれる例も見てみましょう。次の(8)の例を見てください。
 
(8) They looked at each other, and both of them grinned. "Sorry about your head," Henry said, frowning a little, as if noticing his son for the first time. "I thought you were one of them."
"They come in through the door," Indy said. "They don't need to use the window."
--Rob MacGregor, Indiana Jones and the Last Crusade

(8)は『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』の一節です。インディが、ナチに よってある城の部屋に幽閉されている父親のヘンリーを救出しようとして、ヘンリーの部屋の窓ガラスに外から体当たりして部屋の中に飛び込みます。ヘンリー はインディを敵と勘違いして花瓶でインディの頭をたたきます。I thought you were one of them.themは敵のことです。この場面ではインディがヘンリーの敵でないことは自明ですから、you were one of themという情報がインディに共有されているはずがありません。その情報はインディにとって新情報ですので、ヘンリーは文末のthemに強勢を置き、「お前を敵だと早合点したんだよ。」という意味になるのです。(themはイタリックになっていませんが、そこに強勢を置いて発話します。)もしthoughtに強勢が置かれたら「やっぱりそうだったのか。はなからお前が奴らの一味だと思っていたんだよ。」という意味になるでしょう。(8)I thought you were one of them.themに強勢が置かれるということも、「聞き手にとって既知の情報には強勢を置かない。聞き手にとって新しい情報には強勢を置く。」という原則の現れです。
ついでですが、(8)They come in through the doorTheyが強勢を受けているのは「私ではなく彼らなら」という対照の意味を表すからです。「私は捕まってしまうので城の中を自由に歩けないが、彼らは自分の城なのだから自由に歩ける。この部屋に入ってこようと思えば当然ドアから入ってくる。」ということを言っているのです。
dancing girldancingに強勢を置くと「踊り子」、dancinggirlに等しい強勢、あるいは、girlにより強い強勢を置くと、「踊っている少女」になるとか、permitの 第1音節に強勢を置くと名詞の「許可」「許可書」になるが、第2音節に強勢を置くと動詞の「許可する」になるとかの事実はご存知だと思います。今回ご質問 いただいた強勢の位置と意味解釈の問題は、今まで英語教育の中で取り上げられることはなかったのではないかと思います。オーラルコミュニケーションにおい ては、強勢の位置を聞き取って文を正しく理解するとともに、正しい位置に強勢を置いて伝えたい意味を正確に伝える必要があります。もちろん今回ご質問いた だいたように、英語を読むときにも強勢の位置と意味のつながりを意識しながら読む必要があります。

References
Morgan, Jerry L. (1969) "On arguing about semantics," Papers in Linguistics 1, 49-70.
Horn, Laurence R. (1985) "Metalinguistic negation and pragmatic ambiguity,"Language 61, 121-174.

 
大阪大学教授 岡田伸夫
2004年9月17日